創作短編・全3話
九時になっても電話は鳴らなかった。朝は「大した話じゃない」と言ったくせに、私は八時五十七分からスマホをテーブルに出していた。
九時七分に、友達から電話が来た。
「ごめん、プリンのふたが開かなくて」
「七分も?」
「途中で一回あきらめたから」
笑った拍子に、テーブルの上の買い物袋がかさっと鳴った。帰りに卵を買った。何を作るつもりだったかは、売り場に立っても思い出せなかった。
元彼に連絡したくなった理由を、夜になって話した
「今朝さ、夢に出てきたんだよね」
彼の名前を言うつもりで息を吸ったのに、それだけで誰のことかわかったらしい。友達は「うん」とだけ言った。
「コーヒーに砂糖入れるか聞かれた。ほんとそれだけ」
しばらく向こうでスプーンが容器に当たる音がした。
「で、まだ入れてるの?」
「入れてる。今朝はちょっと多かった」
口に出してみたら、今朝彼に送りたかったのは、夢の話よりこっちだった気がした。砂糖を入れすぎたこと。昨日は卵を買い忘れたこと。そのあと何の話になってもよかった。
「卵は買えた?」と友達が聞いた。
「買えたよ。六個入り」
「じゃあ日曜、フレンチトーストは?」
冷凍庫に食パンが一枚あった。電話を切ってから、それを確かめた。袋には、パンの端っこも一緒に入っていた。


