創作短編
夢の中で、彼は「コーヒー、まだ砂糖入れてる?」と聞いた。そういうどうでもいいことを覚えているのが、彼らしかった。
目が覚めたら、スマホを手に取っていた。「久しぶり。今日、夢に出てきたよ」と打って、最後の「よ」を消した。句点をつけたら、よそよそしくなった。どっちも送れなかった。
台所でお湯を沸かした。棚を開けると、砂糖の袋が輪ゴムで留めてある。彼はいつも袋の口をきっちり三つ折りにした。私は二つ折りで留めた。そんなことまで思い出すとは思わなかった。
コーヒーをひと口飲んでから、もう一度スマホを開いた。入力欄には、まだ「今日、夢に出てきた。」が残っていた。
もし「どんな夢?」と返ってきたら、私はなんて答えるんだろう。コーヒーの話をして、それからたぶん、昨日スーパーで卵を買い忘れた話もする。そんな話をしても、彼は「で、何作るつもりだったの」と聞いてくれた。
彼のトーク画面を閉じて、友達に送った。
「今日、仕事終わったら電話できる? ちょっと話したいことがあって」
返事が来たのは、出かける前に靴ひもを結び直していたときだった。
「いいよ。九時くらいどう?」
「うん。たぶん、そんな大した話じゃないんだけど」
「じゃあ私も大したことない話、取っとく」
笑って、スマホを鞄に入れた。駅へ向かう途中、今日は帰りに卵を買おうと思った。何を作るつもりだったかは、まだ思い出せなかった。

